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映画と本

エッセイ:「芸妓峰子の花いくさ」岩崎峰子

内容は、世間では知られていない舞妓や芸妓の世界、花街にどんな人達が来たのか、どんな人達がどのように働いているのか、舞妓・芸妓として生きた岩崎峰子(現在は究香)が、自分の過ごした祇園での生活を書いたエッセイです。

 

本の概要

映画「SAYURI」で有名となった街、京都の祇園、通称は花街・花柳界

舞妓や芸妓は、舞(踊り)や演奏(謡曲)などの芸を習得し、花街を訪れるお客様をもてなします。これは、舞妓・芸妓の自伝的手記です。

テーマの考察

6歳で人生を決めさせられ、過酷な芸の修練と、お客様に対する接客の信念、祇園での厳しい生活。花街の世界、世間がなかなか知りえないことを伝えてくれています。舞妓や芸妓と遊んだ経験は男の誇りであり、祇園で働く人々は、文化を守り、美しい信念がある。だからこそ、彼女がこのように力強く書けるのだと思うと、日本の伝統の素晴らしさを再認識させられます。 

著者のプロフィール

高度成長期において、5年間連続売上ナンバーワンとなった岩崎峰子さん。 

彼女を応援したお客様には、ホンダの創業者、京セラの創業者、サントリーの創業者、ワコールの創業者、ノーベル物理学賞の大学教授、女性作家などが名を連ね、有名な俳優・勝新太郎との不倫の恋も書いています。

著者に感じたこと

彼女の主張する生き方とは、「筋の通らないことは嫌いです」。

ネットで、読者の感想や彼女に対する評判を読んだ時、あまり彼女の人柄に好意を持つ読者は少ないように見受けられました。個人的には、彼女の生き方や考え方が好きです。

 

彼女の経緯を彼女自身が書き、わずか6歳ながら自分で選んで決めましたと言い切る潔さや誇り高い心も凄い。ぶぶ漬けを出す京都の伝統を濃く受け継いでいらっしゃるように思えます。  

本に対する共感

(ネタバレ注意)
祇園へお越しいただいたお客様のエピソードに、このような話がありました。

チャールズ皇太子が来て、彼女の扇子にサインした時、「人に断りもなく落書きをするなんて許せません!」と突っぱねます。そんな自分の価値観を伝えることは、彼女は文化の違いやお客様の真心を受け止めていませんし、協調性もありません。


それでも、彼女の主張する「お客様の席では常に無垢(私は白と表現しますが)でお座敷に上がる」ことは、正解だと思うのです。1日10件もお客様とお客様の間を行き来していれば、前のお座敷での色を持ち込む芸妓さんもいます。

私ならば、お客様の1つ1つのお座席がそれぞれの色を出し、全てのお席でその個々、つまりお客様が主役となるべきだと思うのです。舞妓や芸妓がお座敷に上がれば必ずファンはつきます。違いは少数派か多数派かだけです。彼女はナンバーワンを取っていたし、多数の客に彼女の考えは支持されました。大切なことは、接客への信念がブレないこと。彼女は、彼女を見初めた置屋のお婆さんがマッカーサー元帥に楯突いた時の心に共感し、意思を受け継ぎたかったのではないでしょうか。また、あの有名ブランドのグッチ創業者がいらっしゃった時も、「サインはお請けしません」と突っぱね、信念はブレていません。

自分を変えた生き方

 祇園の女性然り、このような華やかな世界の女性は働ける寿命は短いです。若い頃には気付かずとも、その後の人生に対する不安と闘う時期が必ずきます。一流の男達とお付き合いを知ってしまうと、華やかな生活から一転して最盛期の終わりを迎えることは怖くなるでしょう。華と謳われた時代から退き、まだまだ長い人生を見定め、切り替え、後世に尽くす彼女は素晴らしいと思います。

著者と管理人

世間から嫌われてしまう女
彼女が読者に嫌われる理由は、おそらく二面性でしょうか。彼女自身は「筋の通らないことはしたことがない」と思って生きています。そう思い込まねば生きていけないほど苦しむ方のようです。この矛盾が人間らしくなんとも滑稽でしたが、私は、彼女の考えが嫌いではありません。

弱さを見せれば潰されてしまう。本にもあったように「いけずにあう」、彼女はイジメにあった経験があります。ずっといけずにあっていたからこそ、勝気で強気になり、心を奮い立てることが出来たのでしょう。しかし、それが一読者である私には不思議に思えてしまうのです。たとえば、「養女に入った置屋さんであった差別化を無くしたのは私よ!」と書きながら「芸妓と遊女の違いを一緒にしないで欲しいの!」と書くその心。仲間意識と言いますか、「祇園の仲間は差別しないの!だけど島原(遊女)は下賤よ!」と読めてしまいます。私がひねくれた人間だからでしょうか。彼女の誇り高く、祇園を愛し、世間の誤った認識を正したい思い、夜の街で働く女性であっても区別して欲しい気持ちはわかりますが、身体を張った遊女の苦労だって並大抵では無いでしょうに。

私も身体は絶対に売らないし、彼女も芸を売っても身は売らぬと書いていますから、貞操観念の強さもわかります。私によく似た好き嫌いの激しさと思い込みの強さが、本を通して読めて、一歩引いた形で、まるで私がいつも思っている信念を、反省すべき形によって見せられたような気持ちになりました。そうすると、私が人から嫌われる理由もわかってくる気がします。多分、私も彼女も、誰からどう思われようと自分の意思を貫くことの方が重要なのでしょう。

著者の恋

本のサブタイトル 「ほんまの恋はいっぺんどす」 とあるように、この本に書かれた恋は、彼女の人生のただ一つの恋であると信じているように思います。彼女は、そこまで愛した男の、通夜にも、葬儀にも、参列はしなかったけれど、自分が知っている愛した男との繋がりの深さを知っています。そんなに身を焦がすほど人を愛し、素直な感情で接し、ここまで感情を出せるのは自分への絶対的な自信があってこその行動なのではないでしょうか。

ここからはあまり良い表現になりませんが、私が感じたままに、書きます。

作中に「大恋愛へ発展したのはここまで男が誠意を示してくれたからで、男は自分に離婚する約束をし続けていたこと、奥様や子どもが居ることを知っており、自らは応じる気がなかった」とあります。どんな言い分があっても、結論として、彼女は自らがこの不倫に応じている訳ですし、大麻や未成年の飲酒をあれほどまでに強く批難しておきながら、不倫や不貞行為と言う立派な法律違反を5年以上しています。それでも、彼女はこの恋を恥じていません。この信念も彼女らしさでしょう。

私ならば、不倫をすれば必ず正妻と愛人の差を感じてしまうし、同列の立場だとと主張することはしません。男から嫌われれてしまうのではないかと恐れ、男の望む都合の良い女を演じてしまうでしょう。そのくせ、心の内では常に劣等感を感じてしまうし、耐えられません。しかし、彼女は彼女なりの表現で、苦しみや辛さを淡々と書いていました。

彼女は「嘘をつかない」「身ぎれい(離婚)にする」と交際相手に約束させましたが、約束を守ってはくれませんでした。

交際から5年経ち、芸妓である彼女がいつものように京都から東京へ向かうと、男との逢瀬で使用しているホテルのスイートルームに入れませんでした。その日の男は、妻がいつもの逢引を重ねたスイートルームに泊まることを隠していたため、峰子さんに宿泊する部屋を移動させたのです。「打ち合わせで遅くなる」と言う男を半信半疑で、強く違和感を感じた彼女はフロントに告げ、このスイートルームに入ります。すると、妻の荷物があり、全てを悟りました。いつものホテルの、いつもの部屋に奥様が泊まっていて、嘘をついた男との別れをようやっと決意します。彼女は男の最後の嘘、裏切りを許さず、妻の毛皮のコートを裁ちばさみでズタズタに引き裂き、荷物をぶちまけ、言葉でではなく態度で示します。この行動を見ても、彼女は勇ましく、全く引きを感じないですね。不倫を経験した女性の素直な気持ちではないでしょうか。そこまでの気位の高さが羨ましい。彼女は、「言ってくれば毛皮くらい弁償した、言ってくれば別れを告げた」と主張します。この彼女の怒りに男は触れず、その後も交際は続きました。その後まもなく、彼女は「言葉も行動も伝わらないならば・・」と、一方的に、身を引きました。男は焦りましたが、彼女は男への情にほだされることなく、決意を貫きました。女性の強さを感じるエピソードですね。この辺りも私にはない強さで憧れます。重ねますが、私なら不倫はしないですけどね。不倫を否定すると言うより、不倫して傷つく自分を思うとやり切れないからですよね。

まとめ

どんな人もそれぞれ、生き方が違う。違うからこそ興味を持ち、知りたくなる。人の一生とは、兎角美しい。どんな人生にもその人なりの苦楽が伴い、挫けずに立ち向かうことこそ、人生の華となる。