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エッセイ:「私は発達障害のある心療内科医」星野仁彦

発達障害=ちょっと困った人
内容は、心療内科医となった筆者自身が書いた医学論文を読み返しながら、「発達障害とは自分のことじゃないか」と気が付きます。そんな自分の幼少期、学童期、中学・高校・大学生活、そして医師(社会人)になってからを振り返り、論理的で読みやすい発達障害について書かれた本です。
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はじめに(抜粋)

「(人生には)丹念に探っていくと、どんなときにも必ず、ところどころに小さな救いや希望がちりばめられているものです」

上手に生きられない自分

作者の生い立ちと発達
DV家庭に育ち、かんしゃく持ちの幼児期、いじめられた小学生時代、学校ではいじめられる半面 容赦のない言葉で人を傷つけることも多々あった中高生時代。生活管理ができず、自分の部屋をゴミだめにした大学時代。医師になってからも、人間関係の構築や業務をこなすまで大変な苦労をしたこと。自身を振り返って “生きづらさ”に気が付いたら、長年の自分への謎が解けたそうです。

作者の発達について、発育の遅かった幼児期には分離不安や対人不安が強い傾向にありました。吃音や軽い空間認知障害でいじめられても、作者は、言い返すことすらできやしないのです。自分を認める親友がいてくれたので、なんとか学校に通うことは出来たけれど、家に帰れば妹や弟を殴るいじめっ子となってしまいました。

“環境要因”となる家族

PTSDのある父、ネグレクト気味の母

筆者の父は、元々ストレスに弱く、更に一昔前の時代に、田舎で自身の長男を失います。作者の兄方は事故で亡くなくなりました。その事柄が、筆者の父のPTSDを引き起こし、アルコール依存症となってしまいました。

作者の母は、自分のことに精一杯だったのか、子どもに愛情を示すことはあまり無かったそうです。しかし、大変ユニークな方で、“検死”に興味があり、積極的に検証現場に同行しては、息子に話して聞かせたそうです。

両親は、共にADHDでした。

内科医であった父は、精神疾患を抱えながら地元で検死の度に呼ばれ現場を見るような日々で、より過度のストレスを受けていました。

筆者の母は、普段家事すらしないのび太な毎日を過ごしつつ、興味のあることには強い関心を示し、行動的でした。

ADHD”2つのタイプと特徴

ジャイアンのび太

ADHD =“不注意優勢型”の人には、事故や怪我が絶えないそうです。

ADHDは、2分類に分けて、衝動的行動の「ジャイアン型」“多動衝動性優劣型”、ボンヤリした「のび太型」“不注意優勢型”としています。 このADHDの2タイプは不思議と引き合い、筆者の父が「ジャイアン型」、筆者の母が「のび太型」、筆者自身も「のび太型」だそうです。しかし、発達障害は総じて、自分の興味やこだわりには人が違ったように集中力を発揮できる場合が多いのです。新奇追求傾向も強く、ADHDは、この傾向によって並々ならぬ集中力を発揮します。

発達障害に該当する人は、特に、“自尊感情”(セルフ・エスティーム=自分自身を価値あるものとする感覚)を取り戻すことが大変重要なことです。

作者は、発達障害でありながら、英語と数学に興味を持つことが出来たので、浪人を経て、無事医学部に合格しました。

感想

私は、この本を2回読みました。私の身近な人に似たような人が居て、その人を大切に思っていたからです。

優越感は、人を不幸にする
その人はいつも不幸で、華麗なる一族といった外面を持ちながら、健全な家庭環境と内面は程遠く、子どもの頃から随分と生き辛い人生を歩んできたようです。非常に恐怖心の強い人で、恐怖心をあおられるような出来事があると、別人のようになってしまい、過敏に反応していました。繊細な人でした。一方で、「優生思想」が強く、自分は特別な生まれであり、優遇されるのは当たり前であると考えています。人と比べて優位に立とうとしますし、自分がどんなに恵まれた境遇にあっても豊かな気持ちを持てず、いつも人を妬み羨み、劣等感に苛まれていて、とても気の毒でした。その人と居た時の私は、いつも自分じゃなくなってしまうような気持ちになって、家族が嫌いになり、友達が嫌いになり、人そのものが嫌いになり、孤独になっていきました。

幸せに生きていくのに、大切なこと

幸せに生きるには、絶対条件として、「自分を大切にすること」「自分を受け入れること」です。そして伴侶を選ぶ場合、「自分を認め、愛してくれる人」「相手を認め、愛せる人」を傍に置くことではないでしょうか。

この本を読んで、発達障害は個性や才能の1つで、大切なことは「自分を受け入れること」なのではないか。人は自分らしさを失わず、自分を大切に生きるのが幸せじゃないか、と思いました。