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実録:「私記南京虐殺」曽根一夫 Ⅱ.戦争と民衆

実録:「私記南京虐殺」曽根一夫 Ⅰ.南京虐殺

歴史を公明正大に伝える勇気
昭和初期の戦争で最前線から生き残った兵士が老い、自分の見た戦争と、戦争を知らない世代の語る戦争に、違和感を覚えます。昭和初期という辛く悲しい戦争の時代に生きた筆者の行動と心情、後悔と懺悔、国家と個人について、情勢と注釈を織り交ぜ現代の私達にも分かりやすく書かれた本です。

Ⅰ.南京虐殺、Ⅱ.戦争と民衆、2部構成となっています。

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はじめに(抜粋)

私が述べることは、戦史にのせられない恥部である。日本人にとって不名誉なことばかりである。述べるに恥ずかしいことである。けれども私は、事実を隠蔽して戦争を美化するよりも、戦争の醜い面を明らかにして反省すべきであると思い、私が知っている限りの事を述べることにした。(略)
私は勇気をふるいおこして、戦争での出来事を述べることにした。
戦争をするときの人間の姿がわずかなりとも見出せたら幸いである。

戦争と狂気

人間倫理と戦争倫理
日本の軍隊が残虐行為をしたのは、帝国主義侵略戦争に動員された下級兵士が、名分のない戦争にかりたてられた無気力と、生命の危険にさらされたときにおこる野獣性のあらわれである(抜粋)

時代は不明だが、筆者は南京虐殺について、自衛官と論じ合った。
自衛官は「南京虐殺は、敗戦国である日本の非を濃くするために捏造された戦勝国の誇大広告であると信じたい」と言った。国際間協定があるため、捕虜は守られる、民間人への虐待や殺傷はあり得ない、殺戮の数は誤りである、と述べた。
戦術など表面の戦争は知っていても、非人道的な裏面の戦争など知らぬ者へ歪曲された事実が伝えられていく。


筆者の語る事実
・国際間協定(法の定め)は、戦場では無法地帯となり、守られない。
⇒戦場倫理を考案する人と、戦争をするときの人は別である。
⇒例:野戦病院への攻撃(中国側)
⇒例:捕虜を虐殺(日本側)


・被害者と加害者
中国人民の日本軍隊に対する恨み
日本国民の米軍に対する恨み
戦争の狂気の中に入ると、人間はみんな狂ってしまう。戦争の狂気がなさせた仕業である。(抜粋)

従軍慰安婦

肉体奉仕の実情
記録では、女性1人:兵士40人
筆者の居た最前線の警備地では、女性7人:兵士1,000人

つまり、兵士の7割が慰安所を利用したとして、700人の男性をたった1人の女性が相手することになる。1日100人を相手にするには、1日24時間の内、寝ずに1時間5人、15分間に1人。食事と最小限の睡眠を取れば、1時間当たり7、8人の男性を相手していた。慰安婦の部屋にはいつも3人、帰り支度をする男、事の最中の男、準備中の男が居る状態で、特に慰安所が忙しい時には、慰安婦たちは食事を握り飯にして男の腹上で済ませるほどであった。結果、彼女らの足腰は麻痺し、尿意を催しても立つことすら出来ず垂れ流し、睡眠は代わる兵士との行為の中で取った。

慰安婦企画の考案
南京での残虐行為=婦女暴行を、兵士の性的欲求不満からきたものとし、性欲と荒んだ心を慰撫するために女性を戦地へ送ることとした。内地(日本)の女性は集められず、属領であった朝鮮半島若い女性を強制収容した。


敗戦国・日本の女性も犠牲に
戦後、米軍進駐から強姦事件が多発し、防波堤として日本政府は慰安施設を設けた。この国家的緊急施設で働く女を新日本女性と称した。(R・A・A 国際親善協会)
従軍慰安婦は『戦争遂行』目的、新日本女性は『戦後処理』のため、人道外の行為を強いられて犠牲になった女性は、貞操を蹂躙されたのみならず、心身共に衰弱し、生命までも消耗してしまった。

軍国の母や妻

国情と国民感情
筆者の母は、戦地に息子を送り出した3年余、一日も欠かさず鎮守様の社に朝夕2回参じ、生還を祈った。一方で、戦中の社会は、夫を、子を、お国のため戦場に送り出すのを名誉とし、そのような国民の感情を否定し続けた。


靖国の妻
夫を戦地で亡くした妻のこと。未亡人は再婚不可だった。
筆者の知人の妻は新婚間もなく靖国の妻となった2年後に男と情を交わして身籠り、「不貞女」「不義者」「非国民」と責められ自殺。
敗戦後、日本全体が食糧難をきたし、ますます未亡人や戦災で身寄りのない小娘は身を売り食い繋いだ。(パンパン)

健全な男子から兵士に

童貞から野獣に変わる男性器
私の男の道具は、下手をすると永久に小便する道具で終るかもしれない。(抜粋) 入隊前の身体検査で男性器を隠そうとした筆者は、軍医官から男性器を小便するだけの道具と心得ろッと怒鳴られ、入営から1年半、出征から最前線に赴くまで、筆者の性欲はしばらく眠ったままとなった。しかし、最初の戦場で弾雨に遭うと身動きが取れず放尿、次には勃起してしまう。戦地前に豪壮な民家で男女の営みの痕跡に気が付くと、堪らず自慰をする。日本軍の徴発行為が始まると、強姦を済ませた分隊の兵から軽蔑的に囃され、童貞だった筆者は強姦の罪を犯すようになった。


不名誉な性病の果てに
日本軍隊では、性病を悪質なものとし、性病患者は犯罪者同様に営倉処分とした。治す間もなく招集された兵士は軍隊へ持ち込み、行動間の輪姦や乱交で患者は増加するものの、罹患者は言い出せずに自己療法を試し始める。
「人間の活きた脳味噌が性病に効く」
兵士達は犬猫の活脳味噌を試すも、もちろん効果は無い。南京郊外で現地人を捕えた兵士達が廃屋の中へ。中をそっと覗いてみると、筆者の予想通りだった。
その兵士達は皆、年配兵。夫が、父が、聖戦へ行ったと信じて待つ彼らの家族を思うと怒りがこみ上げたが、性病を治癒する途があればと思うと、筆者はやり切れなかった。

手紙の喜びと悲しみ

人の心を取り戻す手紙
軍隊生活での筆者の楽しみは、文通だった。戦地から家族に宛てて送った手紙は500通ほど。戦地からの第一信は野戦郵便局がなく、慌てて書いた8文字「無事上陸元気旺盛」。受け取った家族は危険を理解し、涙したという。内地との個人的な通信は荒んだ兵士の心を和らげ、徴発や強姦をした者とは別人のような表情となった。


辛い戦死の通知
戦死の通知には「武人の亀鑑とすべき最期でした」と書いた。
どんなに思案しても、慰めるに適当した文面にならなかった。(略)
死んだ者の最期を少しでも価値あるものにしてやりたかったのである。

飲料水

死に水をとる
最前線と隣り合う場所に集められた負傷兵は、身体に孵化した蛆虫が湧いていた。
泥と血糊に汚れた重傷兵は死んだかのような沈黙の後、筆者に水を求めた。その状態で水を与えると死に至ることを知っていたが、もう助からないことを悟り、筆者は自分の残った飲料水をその兵に与えた。名も所属も知らぬその兵は水を飲み干すと絶命したが、水を最後まで美味そうに飲んだ様が忘れられず、戦後も奇麗な水を見るとその兵を思い出すのだった。


死屍が浮かぶ水で炊飯
戦場に居ると、人間は不衛生な環境から病にかかる。それを乗り越えると水あたりもしなくなり、衛生観念など無くなり、野生人間に変わる。ある日、夜更けの飯盒の中から不快な臭気が漂う。水汲み担当の報告は異常なしとのことで、兵士は飯を平らげてしまう。翌朝、溜水場を見てみると、腐乱した死屍が飯と同じ悪臭を放っていた。

人の心に生きる歌

軍隊の士気を鼓舞する軍歌
愛国行進曲」「太平洋行進曲」「大陸行進曲」「日の丸行進曲」「愛馬進軍歌」「露営の夢」「南京便り」

戦地で兵隊が好んで謡ったのは、哀調をおびた歌ばかりだった。


兵隊に愛唱された歌
1位:「別れのブルース
2位:「影を慕いて」
軍歌:「戦友」「愛馬の訣れ」


重傷兵の中には失明した若者もおり「目んない千鳥」に聞き入っていた。戦地での苦しみや悲しみを歌が慰めてくれた。

筆者の知る中国

日本人と中国人
双方ともよく似た姿形をしており、漢字を使う共通点から筆談で意思疎通が可能となる。日本の満州侵略と誤れる優越感、中国の排日や抗日運動が、戦争突入となったのではないか。筆者には、古くより親交を深めた両国が傷つけ殺し合ったことが割り切れない。


蒋介石総統
「暴に報いるに徳を以ってす」
中国の領土を侵略した日本に対し、報復をしなかった。それどころか、ソ連の北海道占領を認めず、中国の日本進駐権をも放棄し、軍隊を撤収させた。また、太平洋戦争の最中、米国・英国・中国の会談で、日本の天皇制護持を進言した(カイロ会談)。戦後は速やかに日本軍隊を内地に帰し、寛大な対応であった。


核戦争だけでない戦争被害
一般民衆が戦争の被害を受けた実例として、太平洋戦争末期の沖縄島民、爆撃された本土住民、原爆が投下された広島、長崎の住民があげられるが、その他に、日本が加害者である中国大陸の住民を忘れてはいけない。戦場となった中国大陸の民衆は、強制労働を強いられ、集落焼討で生命だけでなく、家屋財産や女性の貞操をも奪われた。

筆者の心

平和の戦争

戦争を振り返ると、為政者は「平和のため」と称し国民を戦争に巻き込む。大義(建前)をもって国民を死なせ、名誉(天皇陛下万歳)とした。

為政者たる者は過去を見極め、再び国民を戦争の中に引っ張り込んではならない。戦争を体験した者の切なる希である。(抜粋)

新日本建国
「玉砕」「散華」「斬り込み隊」「神風特攻隊」「大和桜」

大和魂と称し、命を粗末にすることを奨励した。終戦を期に日本人は人命と人権を大切にする新日本民族になった。八月十五日は新しく建国された節目の日である。

登場人物

小関一等兵
筆者の分隊編入し2ヶ月足らずで戦死。3人兄弟の末弟で母子家庭、長兄は上海で戦死、次兄は武漢作戦で戦死、母は育て上げた子を全て戦争に捧げ、1人きりとなった。
野呂万作一等兵(通称「鬼万」)
筆者の1歳上、二年兵殿(先輩)。妻の妊娠中に戦地へ。出産予定の12月に死没。(死因は集落での強姦未遂で住民に殺害された)
吉川上等兵
日頃は歌を唱わずにいたが、寝言では別れのブルースを歌いだす。その翌日に戦死した。
高村孝平
筆者の遠縁で12歳年下。地元屈指の資産家の長男だが、少年航空兵を志願し沖縄海域にて殉死。
大庭上等兵
予備役の召集兵で妻帯者。極端な国粋主義者で「天皇陛下万歳と言って死ぬべき」と主張するも、致命傷を負った後は苦しみながら愛妻の名を呟く。中隊の戦死者第一号。
坂本上等兵
予備役の召集兵で妻帯者。現実的に物事を処理する質で、大庭上等兵に対し「兵士たりとも人間だ。女房子供を思うのが自然だ」と反論した。
原崎少尉
大庭上等兵の次に戦死。勅任官(明治から終戦までの官吏)

まとめ

 

感想

戦後の凶悪な殺人事件
私が戦中の日本軍に疑問を持ったのは、TVで小平義雄事件を見たことがキッカケでした。彼曰く「強盗強姦は日本軍隊のつきものですよ。銃剣で突き刺したり、妊娠している女を銃剣で突き刺して子供を出したりしました」戦後もその感覚を忘れることが出来ず、日本でも強姦殺人を繰り返しました。この筆者だけでなく別の人物も同様に殺人の経験を持ち、忘れることなど出来ぬ戦争の傷が、加害者の心をも苦しめ続けていたのです。
南京虐殺の具体的な数などを論じるのではなく、恨みを受け止め理解し、中国の人も、朝鮮半島の人も、これからを支え合って生きることはまだ難しいのでしょうか。

私は戦争を体験していませんが、青春を謳歌することなく生き残った者の孫であり、曽孫です。罪は共に背負い、悲しみは風化させたくありません。(但し、私は平和の活動家さん達がとても苦手です。大切なことは、1人ひとりが過去を理解し、忘れないようにすべきだと考えています)


従軍慰安婦問題
これは、未だに繊細な問題です。現代を生きる私は1人の男性を受け容れることすら慎重で、1日に100人の男性を受け容れるなど考えられません。男の犠牲になったのか、戦争の犠牲になったのか、女性たちは身体だけでなく、心も、正常だった頃には戻れないでしょう。しかし、この問題は筆者同様、日本人は加害者で被害者でもあります。先世の行いについて、後世の私達は忘れず、労わるべきです。しかし、それについてお金くださいとばかり言われてしまうと、言葉が無くなってしまいます。そこまでの意向を聞き続けての反省なのでしょうか。

君死にたまふことなかれ
自分の意思を伝えないことが美徳と考えている人は、今でも大勢居ます。この時代を生きた人達の貴重な10年余りは、喜びもなく、娯楽さえ禁じられ、政府から『国家総動員法(全国民が戦争に協力せよ)』『奢侈禁止令(娯楽は贅沢=敵とせよ)』『国民徴用令(仕事は軍需産業を優先させよ)』を発令されました。インターネットが普及し、今は言えない時代と違って、世界中に伝えられる時代です。世間や社会に反論し、敵を増やしても尚、自分の想いを伝えることを、私は強く美しいことであると考えます。

筆者に対して思うこと
本を読んだ感想として、筆者は中国を敬い、如何なる理由があっても自らが血に手を染めた事実を見つめ、懺悔する心が伝わってきます。


コロナ禍の暗い話題を耳にしますが、私には、まだ明日を生き抜くくらいのお金はあります。お店に行って食料を買い、お腹が満たす食事が出来ます。安心して眠れます。本屋でも図書館でも本を手に取り、好きなだけ読書が出来ます。でも今の私には収入がありません。それでも自分の気持ち次第で、幸せか、不幸せが決まると思っています。幸せですし、あまり焦ってはいません。
私達は、国に申し出れば、生命を守ってもらうことが出来ます(最終手段ですが)。およそ1世紀前の社会とは違い、国に命を捧げるなど考えられません。

何かに悲観し、自ら命を絶ってしまう人々を、今を知ったら、戦争の犠牲となった方々は悲しむのではないか、と考えてしまうのです。

この件について、これからも学び、しっかりと自分の意見を伝えられるくらい成長したいと思います。論じるのではなく、心、感情、思いを伝えられるようになれば、私はいつか自分を褒められるようになるかもしれませんね。